今週に入ってからの埼玉はずっと雨続きで、週の半ばも過ぎたあたりでやっと晴れ間が射した。
昨日までの校内での体力作りに、ろくに出来ないバッティング。体力というかやる気が有り余っている部員の中で、特に目立っていたのが田島だった。脱ぎ捨てた服をロッカーに投げ入れる表情はキラキラと期待に満ち溢れていて、鼻唄混じりにアンダーを着込む。
野球が楽しくて仕方がない少年のような田島の様子に、眺める花井は小さく微笑みながら心の中でそっと呟いた。
「かわいいなァ、田島は」
その瞬間、今の今まで各自好き勝手にお喋りをしながら着替えていた部員達が、ぐいん――と一斉に花井を振り返った。
「……え、なに?」
総勢九名から浴びる視線は痛い事この上ない。しかも皆が揃って同じ様な目、表情をしていたものだから薄気味悪さもプラスされる。大きく開かれた眼差しに声をかける事もままならず、ただ着替えていただけの花井はそうされる覚えも全くなかった。
そんな中でただ一人、嬉々として声を上げる者がいた。
「今、花井がオレんことカワイイっつった!」
締めようとしていたベルトがパンツからずり落ちようとしているのも気にせず、田島がココ一番の声を張る。それに驚いたのは花井、それと泉だった。
「は!?」
「バカ! 言うんじゃねぇよ。本人気付いてねんだから」
これからが面白くなりそうだった玩具を半分以上取り上げられてしまった、そんな悔しそうな顔をしている泉が何を言っても田島の上がった熱は収まらない。
「え、てことは無意識!? スゲー! オレ花井に愛されてる!」
「ちょっ、ンなこと言ってねーよ!」
焦った花井が全力で否定しようとも、耳まで赤く染まった顔では説得力がない。それに実際言っていたのだから、それを肯定する者もいなかった。
「言った」
「うん、言った」
「言ったね」
巣山に栄口、最後には西広がニッコリと微笑みながら言うものだから、さすがの花井もこれには成す術なく。
「に、西広まで……」
うっかり心の声が漏れていた、そんな恥ずかしすぎる事実に花井は泣きたくなって口唇を結んだ。
「わっかんねーな。何でそんな否定すんの?」
空気が読めないのは何も水谷だけでない。阿部もまた、空気が読めない人間として名が高い。
「は? 何言ってんの阿部」
今まで話に加わらなかった阿部がここへきて主張し出した、という事は単純に考えて何か言いたい事があるのだろう。待つまでもなく、阿部は真面目な顔で言い放った。
「三橋はカワイイ。オレの本心だ」
阿部がそう言った途端、部室内の温度が2度は下がった、ように思える。若干一名ほど個人的に上がっている人もいるが。
「さ、練習練習」
パン、と栄口が手を叩き、その音で我に返った部員一同はゾロゾロと部室から出る準備を始めた。口々に好き勝手な事を言いながら。
「まずぁ、グラ整からな」
「今日おにぎりあとなにー?」
「オ レ、今日 田島くんに、投げたい」
「おー、まかせろ! あ、花井逃げんな!」
「いい天気だねー」
「巣山ぁ、さっきの話の続きは?」
「あー、忘れてた」
「あ、オレも聞きたい」
「阿部はもっと自重しろよー」
ただ一人、泉だけが振り向き様に忠告をしたが、阿部の支度を待っていてやる気は毛頭なく。外の蒸し暑い空気で満たされた部室内には阿部だけが残された。
>素でキモい阿部がすきだ!
相方との会話の中で 巣山は巣でポツリと「栄口かわいい」とか言って皆に視線でニヤニヤされ赤面すればいいよ と言ったら、相方が書きたいというのでどうぞどうぞネタ提供。
そんでノセられたあたしはそれの逆ギレ花井ver.を書くと約束したのでした。ついでに阿部ver.も 笑。
本鈴が鳴るほんの数分前、ふらりと教室に入ってきた田島の表情は泉の位置からは陰っていてよく見えなかった。けれど田島の一番のよき理解者というだけはあるのか、泉には席についた田島がどうにも元気がないように思え、どうせ花井絡みだろうと頬杖をつく。
この授業が終わったら元気付けてやるか、と田島の好きな飴玉を泉はポケットに忍ばせるのだった。
「……は?」
「だからオレ、花井が好きなんだって」
「いやいやいや、そのあと!」
「あと?…花井にキスされた?」
「はあぁ!?何がどーなってそーなんだよ!」
「知らねぇよ。そんなん…オレが聞きてぇ」
ベコンと額から机に突っ伏した田島は、泉から貰ったイチゴミルクキャンディを少しだけかじる。口内に広がる柔らかな甘さに、ジワリと田島の目頭が熱くなった。
「だってムリに決まってんもん、男同士じゃん。しかも花井なんてドを越すぐれーの頭の硬さだぜ?しかもハゲ」
「ハゲは関係ねーだろが。でもキスしたんだろ?」
「…それがわかんねーの!あーもー!花井なんて!…好きなんだよぉぉ」
「あーはいはい」
もがき苦しむ様の田島の頭を泉はベチンと叩く。珍しく葛藤している田島も面白いなと思いながらも、どーしたもんか、と考えながら、泉は田島の頭をわしゃわしゃと米を研ぐように撫でた。
>田島は意外と繊細なんです。
喉の痛みがなくなってほっとしていたのも束の間、鼻風邪をひきました。鼻風邪はぼーっとするので仕事が辛い!
日曜はラジオの公録に行くからなんとか治さないと…!