蚊の泣くようなか細い声が聞こえたのは気のせいではなかった。
「花井、くん」
教室に入ろうとした花井を呼び止めていたのは三橋で、振り向いたら何故か三橋の方が驚きの表情を浮かべていた。何用かと思い、花井は教室に一歩踏み入れていた足を戻し、三橋に正面を向けた。
「どうした?」
「あ、え と。あ、ああ……あ」
もはや、しどろもどろというレベルの域を越えている。
生憎、どこかの誰かさんみたく三橋翻訳機を持ち合わせていない花井は、困惑しながらもなんとか糸口を見つけようと三橋の顔を凝視した。すると廊下の窓越しにチラリと教室内へと視線を運ぶ三橋に気付く。その先には阿部がいた。
「呼んできてやろうか?」
「え?」
花井が問うと三橋がパチクリと瞬く。
「阿部。何か用あんじゃねぇの?」
「う、おっ。な、よ わかっ」
驚きと尊敬の眼差しが花井を突き刺す。これは何となく分かった。
「待ってな」
三橋をその場に残し、教室に入った花井はそのままノートに何かを綴っていた男の前に立ちその名を呼ぶ。ぶっきらぼうに答えた阿部が席を立つと、自席に戻った花井は次の授業で必要な教科書を机の中から引っ張り出した。
ふと、教室の隅にある時計を見ると阿部と三橋が視界に入った。そこには蒸気する頬を隠そうともせず、ふにゃんとした笑顔を見せる三橋がいて。奇しくもアテられてしまった花井は、悔し紛れに携帯のタ行を開いた。
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