花井が体調を崩し、学校はもちろん、練習も休み出してからもう一週間が経つ。構うな、休ませてやれ、と阿部から念入りに忠告を受けていたせいで、田島は花井にメールのひとつもできないでいた。
(あーあ、どうせ今日もいねぇのわかってんのに…)
いつもより10分早く着いたグラウンド。田島が力無くフェンスに手をかけると、その向こうで耳についた懐かしい声がする。
「おーす。何だよ、朝から元気ねぇな」
そこには一週間ぶりの花井がいた。
「は、ない」
「悪かったな、練習も出らんなくて。いやー、マジで熱下がんなくてさァ」
まいったよ、と苦笑する花井をただじっと見つめる田島。ドキドキと高鳴っていく心臓の音がうるさくて、花井が何を話しているのか聞き取れない。
(花井、だ)
たった一週間。その一週間が田島にはとてつもない長さであったのだと、花井の顔を徐々に歪ませていく目が教えてくれていた。
「田島?」
一向にうんともすんとも言わない田島に花井は不思議に思って、目の前の瞬きの少ない瞳を覗き込む。
「……、っ…」
気がつけば、田島の瞳からは涙がボロボロと溢れ出して止まらなかった。久しぶりの花井の顔をしっかりと目に焼き付けたいのに、もはや開く事のかなわない目蓋がそれを許さなくて。
「は、花井ぃぃ…っ」
「ちょ、田島!?どうしたんだよ!?」
ただただ立ち尽くし子供みたいに泣きじゃくることしか出来ない田島に、花井はわたわたしながらもその大きな手で涙を拭ってくれた。
>花田にすべくすっごい脚色しましたが、元ネタはうちの娘とその意中の男の子との間に起こった実話だったり。幼児可愛いよ幼児!
ちっちゃな体にもしっかりと恋心は芽生えているのですよ。純真無垢な恋に乾杯☆
ありがとうございました、とペコリとお辞儀をして去っていく小さな背中は、男から見れば大抵の奴が可愛いと思うものだろう。花井も例外ではなくその背中を見つめながら、本来ならば田島にもあんなコがお似合いなのにな、なんて今更すぎる思考に自嘲した。
呼び出されたばかりの中庭から戻ろうと、来た方向へ視線を移す。すると校舎の陰からひょこっと見慣れた顔が現れた。
「花井」
「おっ前…悪趣味すぎんだろ」
田島の顔を見るなり花井はゲンナリと背中を丸めた。見知らぬ後輩、しかも女子との会話ですでに疲れていた花井に、このタイミングでの田島は疲れを増幅させる要因でしかない。
しかしそんな花井に、田島は唇を突き出し応戦する。
「ちっげーよ!花井探してただけだっつの!」
心外だ、とプリプリ怒る田島。その相手をしたくない花井は、すぐに折れて話を逸らす事にした。
「あ、そ。そんで?」
「栄口が呼んでる」
頭のタオルを結び直しながら聞く花井に、田島はもう普通の顔をして答えた。田島みたいな引きずらないタイプはこういう時にとても助かる。
「やべ、もうそんな時間か」
主将会議に遅れると栄口はともかく阿部がうるさい。三橋の気持ちも分からないでもないと思わずにはいられないほどの小言をもう聞くのは勘弁だ、と花井は早歩きで校舎へと向かった。
スタスタと歩く花井の歩幅に、田島は遅れを取ることもなくピッタリと付いて来る。けれど花井の一歩は田島の一、五歩。その距離間は一年経った今も変わらない。
「なー」
「ん?」
「花井の言ってた、オレのすっげー好きな奴って誰?」
自然すぎる流れに乗って出た唐突すぎる発言に花井の息が詰まりかける。音になっていたらゴフ、とか多分そんな感じで喉が鳴ったと思う。
「おまっ、やっぱ聞いてたんじゃねーか!」
「誰も聞いてねぇとは言ってねーじゃん。それに偶然だって」
そう言う田島から嘘を言っている雰囲気は微塵もないので、本当に偶然その場に居合わせてしまったのだろう。しかし、寄りにも寄って一番聞いてほしくなかった田島に聞かれてしまった発言はもうなかった事には出来ない。
恥ずかしさから口を噤む花井に、直もしつこく食い下がる田島。早歩きの花井に、なーなーと頑張って覗き込んでこようとする田島が可愛らしくて、またもや甘さを発揮してしまうのは花井の弱い所。
「あーもー!オレ以外に誰かいんのか!?」
うるさい!と言わんばかりに田島を追い払う素振りを見せるが、その赤く染まった耳は隠す事が出来ずに。その色と台詞に目をキラキラと大きく輝かせた田島は、その場に足を止めると思いっきり声と両腕を上げた。
「うわーオレ、花井すっげー好き!!」
後ろからした吃驚するぐらいの大きな声に花井は思わず駆け寄り、その困った口をどうにか塞ぎにかかるのだった。
>2年になったら花井のツン度が増してればいいと思います。
今日は上級生ネタで大いに盛り上がったので、もしかしたらしばらく2年の西浦を書くかもしれません。上級生な西浦ダイスキなんですよねー!前にも拍手で書いたですけども、やっぱり好きだ!もっと書きたい!
そんなわけで昨日今日のSSは第一弾ってことで。
二年に進級してしばらくもすれば、否応なく後輩に慕われるようにもなってくる。特に部活動に励んでいればその差は歴然としてくるものだ。よって野球部にも一人。
「あの…、田島先輩って彼女とかいるんですか?」
いたいけな後輩のハートを射止めた奴がいた。
「えーと、…それ、何でオレに?」
「田島先輩、はぐらかすばっかりで答えてくれないんです。どうしてもって言うなら花井先輩に聞けって言われて」
そんな事を言う田島も田島だが、その通りにするこのコもこのコだ、と花井は思わずハァ、と大きなタメ息を吐いた。
さて、この潤ませたつぶらな瞳に何て答えてあげるのがベストなのか。田島がはぐらかし花井に聞けと言ったのには、田島の意図的な何かがある筈。それを考え、分かった時、花井はガックリとうな垂れた。
「先輩?」
「あ、いや、何でもないよ」
心配そうな表情を向ける彼女に苦笑いで答えた。
もしかしたら彼女を傷つけるかもしれない、という思いも頭を過ぎったが、結局は田島に甘い自分に心底首(コウベ)を垂れる。
「田島には、彼女ではないけど、すっげー好きな奴はいるよ」
そう言った花井の顔は申し訳なさそうに笑っていたけれど、ほんの少しだけ得意気に見えた。
>あんまり想いを口にしてくれない花井に意地悪をしてみたくなった田島。
栄口に言わせてみれば「花井もひどいやつだよ」