七夕の夜も明け、織姫と彦星は無事に会瀬を交わせたのだろうか、などと思う年頃ではなく。うっかりすれば、七夕の存在自体を忘れてしまうようなものだ。
「なぁなぁ、短冊なに書いた?」
それなのにこの男ときたら、本日の開口一番がこれである。
「はぁ? もう短冊なんて書くあれじゃないだろ」
花井は、フェンスを潜りながら田島に呆れ顔を惜し気もなく晒す。一方、花井がグラウンドに入るのを待ちながら、田島はなんで? と不思議そうな顔をしていた。
「そう? オレんち毎年、でっけー笹飾って短冊書いてっけど。花井んとこは双子いるからやってっと思った」
「学校でやってくっから、うちではやんねーよ」
「ふーん」
花井の家が短冊を飾ろうが飾らまいが特に気にする素振りもなく、田島は一方的に会話を切った。
そのままベンチへ向かった二人の間に会話はない。鼻唄を口ずさんでいる田島は何も考えていないのだろうが、花井はそうではなかった。
(気にならない、と言えば嘘になる。が、わざわざ掘り返して聞くようなことじゃねぇ。気にすンなオレ!)
ベンチにバッグを置くことも忘れ、一人葛藤していた。
自宅からユニホーム着用の田島はベンチに座り、持参のスポーツドリンクを飲み干す勢いでがぶ飲みしている。勢いに任せて顎を伝う水滴が、太陽に反射してキラキラと光っていた。
ぷはっ、と酸素を吸い込む田島の顔に、なんとも言い難い気持ちにさせられ、無にしたはずの花井の思考は一分と持たなかった。
「……お前、なに書いたの」
冗談ぽく聞こえればそれがいい。花井は、半笑いで田島に尋ねた。
「……気になンの?」
ぐりん、とこちらに向けた田島の顔にも薄ら笑いが浮かんでいた。
(ああ、バレてる)
やっぱり聞かなければよかった、と後悔したときにはもう怒声を発していた。
「なんねーよばか!」
「なんだよ花井のハゲー」
「ハゲてねぇよ!!」
ケラケラと笑う田島に睨みをきかせてから、花井はようやく着替えを始めた。
モヤモヤと、気になる気持ちは消えなかったが、もう一度口に出すなんて真似は花井には出来なかった。
七夕書けなかったので七夕後日談。
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